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岡山地方裁判所 平成10年(ワ)508号 判決 2000年6月27日

原告

三井海上火災保険株式会社

被告

有限会社赤坂建材

ほか二名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一一二一万二〇二六円及びこれに対する平成八年一二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。ただし、被告らにおいて、それぞれ金三〇〇万円の担保を供するときは、その被告は、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金六六〇六万〇一二八円及びこれに対する平成八年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告有限会社赤坂建材。以下「被告赤坂建材」という。)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

(被告北陸名鉄急配株式会社。以下「被告北陸名鉄」という。)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

(被告川建伸二。以下「被告川建」という。)

原告の請求を棄却する。

第二事案の概要

一  争いがない事実等

1  次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(甲一、一〇、一一、乙ア一、二)。

日時 平成八年九月二六日午前三時一分ころ

場所 岡山県備前市八木山地内山陽自動車道下り一〇一・一キロポスト先

態様 被告川建運転の大型貨物自動車(岡山一一こ九一四。以下「甲車」という。)が、片側二車線の高速道路である山陽自動車道において、エンジントラブルのために走行車線と路肩を挟んで停車していたところ、訴外古川裔(以下「訴外古川」という。)運転の大型貨物自動車(石川一一き三七九九。以下「乙車」という。)が甲車後部に衝突し、さらに訴外今村昭久(以下「訴外今村」という。)運転の協立運輸株式会社(以下「協立運輸」という。)所有の大型貨物自動車(熊本一一き六五二七。以下「丙車」という。)が甲車の右後方及び乙車の後部に衝突した(以下「本件事故」という。)。

2(一)  被告赤坂建材は、被告川建の使用者であるところ、本件事故は、被告川建が被告赤坂建材の事業の執行中に惹起された(乙ア二)。

(二)  被告北陸名鉄は、訴外古川の使用者であるところ、本件事故は、訴外古川が被告北陸名鉄の事業の執行中に惹起された(乙ア二)。

3(一)  原告は、平成七年一〇月三〇日、九州運送株式会社との間で、次の内容の運送受託貨物賠償責任保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した(甲二、六、七)。

内容 被保険者が運送を受託した貨物につき、被保険者が貨物の所有者(荷主)に対して損害賠償責任を負担することによって被る損害につき保険者が保険金を支払う。

保険期間 同年一一月一日午後四時から平成八年一一月一日午後四時

保険金受取人 佐川急便株式会社(以下「佐川急便」という。)

被保険者 佐川急便グループ全社及び特定の提携会社なお、丙車の所有者である協立運輸は、佐川急便の便傭車先であり、被保険者である。

免責金額 車両の他物との衝突等の事故の場合は五〇万円

(二)  原告は、本件契約に基づき、丙車に積載していた貨物に合計六一二四万〇一二八円の損害が発生し、これにより佐川急便が右貨物の運送契約を締結していた各荷主に対して運送契約に基づく損害賠償責任を負担するに至ったとして(損害額自体は争点)、別途、物保険により填補された一八万円及び免責金額五〇万円を控除した残額である六〇五六万〇一二八円を次のとおり佐川急便に支払った(甲四の1ないし3)。

平成八年一二月四日 四八七四万三六〇〇円

平成九年一月二〇日 九九五万九二九八円

同年二月四日 一八五万七二三〇円

二  本件請求

原告は、被告らに対し、商法六六二条に基づき、佐川急便に代位して、損害賠償金として、連帯して、前記一3(二)の六〇五六万〇一二八円から丙車の損害貨物を処分した代金五〇万円を控除した六〇〇六万〇一二八円に本件訴訟の弁護士費用として六〇〇万円を加えた金六六〇六万〇一二八円及びこれに対する本件事故の日である平成八年九月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  争点

1  被告川建、訴外古川、訴外今村の過失(訴外今村については重過失を含む。)の有無ないし右三者に過失がある場合の過失割合

(原告の主張)

(一) 被告川建は、<1>甲車の整備不良のため、高速道路走行中にエンジントラブルを起こしたこと、<2>法令により駐停車が禁止されている走行車線を一・二メートル以上妨ぐ位置に甲車を停車させたこと、<3>右状況で停止する場合の措置として法令で義務付けられている停止表示板の設置を怠ったことにより、本件各事故の発生につき過失がある。

(二) 訴外古川は、<1>前方不注視により甲車後部に乙車前部を衝突させたこと、<2>走行車線を完全に塞ぐ位置に乙車を停車させたこと、<3>右衝突により甲車のテールランプを破損させ、後続車に停車中の甲車の発見をより困難にさせたことにより、本件各事故の発生につき過失がある。

(被告赤坂建材の主張)

訴外今村は、制限速度時速八〇キロメートルを超過した時速九五キロメートルないし時速一〇〇キロメートルで丙車を運転していた過失があり、また、一〇秒以上も脇見運転又は居眠り運転をしていた過失がある。

2  丙車に積載の貨物の損害額

(原告の主張)

(一) 訴外今村運転の丙車は、貨物五六五梱包(婦人服、子供服等の衣料品及び原反、生地等)を積載して走行中であったところ、本件事故によって、右積み荷のうち二七三梱包が全損となり、六一二四万〇一二八円の損害が発生した。

(二) 商法五八〇条一項及び標準貨物自動車運送約款四七条一項によれば、貨物が全損となった場合の損害賠償額は、当該貨物を引き渡すべきであった日の到達地の価額、すなわち、事故がなければ貨物を引き渡した場所において荷受人に引き渡したであろう時の市場価額(利益が含まれていても何ら問題はない。)で算定するものとされている。前記損害額は、右基準以下で認定されたものである。

(被告赤坂建材の主張)

(一) 本件事故当時は曇天であったが、原告の主張する損害貨物には水濡れによる損害もあり、これは本件事故と関係のない虚偽の損害であって、右損害を被告赤坂建材に請求することはできない。

(二) 原告の損害査定は、加害者側の立ち会いがなされずになされたもので、これが杜撰であることは明らかである。

(被告北陸名鉄の主張)

(一) 求償金額は、貨物に積載されていた製品の原価が基準となるべきであり、利益が包含されるべきではない。衣料品の製造原価は、上代の三〇パーセント程度であり、機械やゴルフ用品の原価は売価の七〇パーセントが目安である。

(二) 原告の損害査定は、製品の破損、汚損の有無の確認をほとんどしておらず、恣意的・裁量的なものであり、損害をすべて被告らに負担させるのは公平に反するので、被告らに対する求償は五〇パーセント以上が減額されるべきである。

3  訴外今村に重大な過失がある場合、原告に保険支払義務がないか。(被告赤坂建材関係)

(一) 被告赤坂建材が原告に保険金支払義務がないと主張する根拠は、商法六四一条、本件契約の運送保険普通保険約款三条一号(甲六)であり、原告主張の特約は第三者に対抗できないというものである。

(二) 原告が保険金支払義務があると主張する根拠は、本件契約の運送受託貨物賠償責任担保特別約款二条一号の「本件事故につき被保険者若しくは保険金を受け取るべき者又はこれらの者の使用人に重大な過失があった場合も、原告は保険金を支払う旨の特約」の存在(甲七)である。

4  協立運輸と被告北陸名鉄との間で、本件事故による損害の負担割合を折半とする旨の合意をしているか。その効力を原告に主張できるか。(被告北陸名鉄関係)

5  本件において弁護士費用が請求できるか。

6  遅延損害金の起算日はいつか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  原告の本件請求は、商法六六二条に基づくものであるから、本件において、原告が本件契約に基づき保険金を支払ったことによって取得する第三者である被告らに対する権利は、被保険者である協立運輸が被告らに請求できる権利の範囲である。したがって、本件事故発生につき、被告川建、訴外古川の各過失の有無がまず問題となる。

2  被告川建の過失の有無

(一) 甲車が高速道路走行中にエンジントラブルを起こしたことにつき、被告川建に、整備不良等の過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

(二) 証拠(乙ア一、二)によれば、被告川建は、エンジントラブルで甲車を移動させたが、走行車線を一・二メートル以上防ぐ位置に甲車を停車させていたことが認められるところ、これは、道路交通法七五条の一一第二項に違反した過失があると認められる。

(三) 証拠(乙ア一、二)によれば、被告川建は、甲車を前記のとおり移動させた後、故障車両の表示板を設置していなかったことが認められ、これは、道路交通法七五条の一一第一項、同法施行令二七条の七、同法施行規則九条の一七、一八に違反した過失があると認められる。

3  訴外古川の過失の有無

(一) 証拠(乙ア一、二)によれば、訴外古川は、前方不注視により甲車後部に乙車前部を衝突させた過失があったことが認められる。

(二) なお、訴外古川が走行車線を完全に塞ぐ位置に乙車を停車させたことについては、訴外古川が本件事故当時既に死亡していた(乙ア一、二)ことから、そのような措置をとることができたかどうかについて疑問があり、この点に独自の過失を認めることはできない。

(三) また、訴外古川が甲車のテールランプを破損させ、後続車に停車中の甲車の発見をより困難にさせたことは、前記過失の結果であり、これ自体が過失の内容とはなりえない。

4  訴外今村の過失の有無

(一) 証拠(甲一〇、一一、乙ア一、二)及び弁論の全趣旨によれば、訴外今村は、丙車を運転し、制限時速八〇キロメートルの高速道路上を時速九五キロメートルで進行中、無線で故障車が停止していることを聞いたこと、しかし、その声が小さかったため、左側の無線機のつまみを操作した上、無線機のマイクを取ろうとするとともに、積み荷の伝票をバインダーにきちんと挟んでいるかどうか確認しようとして脇見をしていたことにより、本件事故を惹起させたことが認められるから、訴外今村には、制限速度違反の過失及び脇見による前方不注視の過失があり、かつ、右過失は重大な過失であったと認められる。

(二) 訴外今村が居眠り運転をしていたことを認めるに足りる証拠はない。

5  以上の認定・判断によれば、本件事故につき、訴外今村と被告川建との間の過失割合は八対二、訴外今村と訴外古川との間の過失割合も八対二と認めるのが相当である。

二  争点2について

1  損害の発生と損害額の査定状況

(一) 証拠(甲三、八の1ないし12、九の1ないし10、一二、一三の1ないし3、一四の1ないし3、一五の1、2の1ないし15、3の1ないし15、一六の1ないし3、証人青木薫)及び弁論の全趣旨によれば、丙車は、本件事故により大破したこと、丙車に積載されていた貨物は、代替車に積み替えられて、本件事故の日(平成八年九月二六日)の午後二時ころ、神戸市中央区所在の佐川急便神戸店に届けられたこと、同所で原告から依頼を受けた神戸海事検定株式会社の青木薫が貨物の損傷状況を確認したこと、その結果、多数の梱包が破損し、その中の品物が油(トラックの燃料)により汚損し、油の匂いがしており、また、雨によると思われる水がかかった濡れ損もあったこと、丙車内には、五六五梱包の貨物が積載されていたが、その後、佐川急便の担当者が個々の荷主と掛け合った結果、右のうち二九二梱包については損傷がなかったものの、残り二七三梱包について全損が発生したと確認されたこと、佐川急便は、損傷が発生した二七三梱包分について、各荷主に対し、丙車で輸送がなされた事実の確認、荷送主から荷受主に対する納品書の確認をし、これに基づき、前記青木、佐川急便、原告らが損害査定をした結果、総損害額は、六一二四万〇一二八円となったこと、そのうち一部に物保険が締結されており、一八万円が同保険で処理され(その結果の残額は六一〇六万〇一二八円)たことが認められる。

(二) ところで、前記青木は、前記全損が発生した二七三梱包のすべてについて損傷があったことを確認しておらず(証人青木薫)、また、佐川急便の担当者から損傷があったとの連絡を受けた各荷主も必ずしも当該貨物が全損であったかどうかを確認していない(乙イ二)。しかし、右認定のとおり、佐川急便らは、丙車に積載されていた二九二梱包分については、損傷がなかったと認定している上、各荷主に対する損害の確認手続も適正な手続でなされており、また、佐川急便や原告において、貨物の損傷程度につき過大に認定すべき事情があったことを窺わせる証拠もないことから、右貨物の損傷程度に何らかの作為があったということは困難であり、右損傷程度の認定が杜撰であったとの被告赤坂建材や被告北陸名鉄の主張は採用できない。

(三) また、右全損と認定された貨物中には、水濡れ損もあったところ、証拠(乙ア一、三、証人青木薫)によれば、神戸市では、同月二五日の午後から翌二六日の朝にかけて雨が降っていたこと、しかし、本件事故当時は曇天であり、本件事故現場の道路も乾燥していたことが認められる。そうすると、右貨物の水濡れは、丙車から代替車に積み替え作業をする過程で、雨に濡れて発生したと推認することができる(もっとも、右水濡れのすべてが雨によるものかは断定できない(証人青木薫))。

そこで、被告赤坂建材は、これは協立運輸側の過失により損害を拡大させたものであると主張するが、前記認定のとおり、丙車は大破したものであり、丙車に積載中の貨物を代替車に積み替える作業は当然必要なものであること、また、積載中の貨物は五六五梱包もあったこと、したがって、右積替作業中に降雨があったとしても、その雨から貨物を守る措置をとることは期待できないというべきであり、この点に協立運輸側の過失を認めることはできない。

2  損害額査定基準について

商法五八〇条は、「運送品ノ全部滅失ノ場合ニ於ケル損害賠償ノ額ハ其引渡アルヘカリシ日ニ於ケル到達地ノ価格ニ依リテ之ヲ定ム」と規定しているところ、右到達地の価格とは、市場価格と解するのが相当であり、標準貨物自動車運送約款四七条の解釈としても右同様に解するのが相当である(甲一七参照)。

ところで、本件における損害額の査定は、仕入金額(甲三、一三の3)、下代額(甲三、一四の3)、上代額の六〇パーセント相当額(甲三、一五の3の1ないし15)、卸売額(乙イ二)とに分かれているが、いずれも市場価格として相当と解され、原価をもって損害額と査定すべきであるとの主張は採用できない。

そして、右認定の損害額の査定基準からすれば、右に摘示した証拠関係に現れていない荷受人に対する損害査定についても、右同様の基準によって査定がなされたと推認することができ、これを覆すに足りる証拠はない。

三  争点3について

本件事故につき、訴外今村に重大な過失があったことは前記認定・判断のとおりであるが、本件契約については、原告主張の特約(甲七)があり、原告には、本件契約に基づく保険金支払義務があったことが認められるところ、右特約の効力を第三者に主張・対抗できないと解することはできないので、被告赤坂建材の主張は採用できない。

四  争点4について

証拠(乙イ一)によれば、協立運輸と被告北陸名鉄との間で、平成九年一〇月一七日、本件交通事故による被告赤坂建材に対する損害賠償の負担割合を折半とする旨の合意がなされたことが認められるが、右合意は、右当事者間で、被告赤坂建材に対する損害賠償の負担割合を合意したものであって、右合意の効力を原告に主張することはできないことが明らかである。したがって、被告北陸名鉄の主張は採用できない。

五  原告の求償金請求について

1  前記二1(一)のとおり、丙車に積載されていた貨物の別途、物保険により填補された残額の損害額は、六一〇六万〇一二八円である。

2  協立運輸が被告らに請求できる損害賠償金は、前記一5のとおり、右金額の二割である一二二一万二〇二六円である。

3  本件契約の免責金額が五〇万円であり、丙車の損害貨物を処分した五〇万円が填補されたことは、原告の自認するところである。

4  したがって、原告が被告らに求償できる金額は、一一二一万二〇二六円となる。

六  争点5について

原告は、本件請求が保険代位に基づく損害賠償請求権そのものであると主張しているようであるが、本件請求は、保険代位に基づく求償金請求であり、不法行為に基づく損害賠償請求権ではないというべきであるから、弁護士費用を当然に請求することはできないところ、右請求の性質及び本件訴訟の経緯に照らせば、本件につき弁護士費用を請求することはできないと解するのが相当である。

七  争点6について

前記判断のとおり、本件請求は、保険代位による求償金請求であり、不法行為に基づく損害賠償請求権ではないから、本件事故の日から遅延損害金の請求をすることはできないというべきである。そして、被告らの原告に対する債務の履行期は、原告が保険金を支払った日であると解するのが相当である。したがって、被告らの原告に対する債務の遅延損害金は、原告が前記五の認容金額を超える金額を佐川急便に支払った平成八年一二月四日の翌日である同月五日から発生すると解するのが相当である。

第四結論

したがって、原告の本件請求は、被告らに対し、連帯して、求償金一一二一万二〇二六円及びこれに対する平成八年一二月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の部分は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 塚本伊平)

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